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 岩手県立大槌高吹奏楽部は7年連続で全日本吹奏楽コンクール東北大会出場の実力校。震災で学校は避難所となり活動を休止していた。「エールを送りたい」と専大北上高校吹奏楽部約120人が5日に訪れ、ジョイント演奏が実現した。

 大槌高の体育館にはいまも被災者約250人が暮らす。被災当時の3年生5人、2年生1人が死亡・行方不明となった。生徒宅の半数以上は津波がかぶり、各避難所から通学している。約1カ月後に活動を再開したが、転校した生徒もいる。

 専大北上高は2年前に大槌高で演奏した縁がある。部長の大谷仁美さんが「少しでも被災地の力になりたい」と提案して訪問が決まった。

 大槌町には井上ひさしさんらによる「ひょっこりひょうたん島」のモデルの一つとされる蓬莱島(ほうらいじま)があり、テーマ曲は大槌高吹奏楽部の十八番だ。「泣くのはいやだ 笑っちゃおう 進め」という歌詞の通り、5日ははじけるような演奏で息を合わせ、会場を魅了。被災者ら約100人から大きな拍手を受けた。

 部員の目標は夏の全日本吹奏楽コンクール県大会。8年連続東北大会出場を目指すプレッシャーがかかるが、部長の沢館史衣(さわだて・ふみえ)さんは「まずは地域にできるだけ貢献したい。笑顔で聞いてくれる会場の人の顔を見て、大槌は復興できると確信した」と話した。

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 東日本大震災で被災した聴覚障害のある学生の手助けをしようと、同志社大の学生が6日、京都市上京区の同大室町キャンパスで、宮城教育大(仙台市)の授業内容を携帯電話を介してパソコンで文字化し、聴覚障害者に伝える「パソコン通訳」を行った。

 聴覚障害のある学生を支援する全国の大学・機関でつくる日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークが協力を呼びかけ、連携大学の一つとして同志社大が応じた。

 この日、宮城教育大で行われた講義で、同志社大の学生が携帯電話を利用して、教員の話す言葉を聞き取り、瞬時にパソコン入力して文字化。約600キロ離れた宮城教育大にいる聴覚障害のある学生2人は、手元の多機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」で、教員が話す内容を確認した。

 同志社大は今後も宮城教育大への支援を継続する予定。通訳を担当した文学部4年、大伴風香さん(21)は「教室や教材が見えないので少し不安に思ったが、パソコンで遠くの大学とつながれ、京都にいながらできることがあると実感できた。これからも続けたい」と話していた。


 熊本県は古くから教育熱心な九州を代表する文教の地だ。

 熊本県教育委員会の教育の将来指針などを示している「くまもと『夢への架け橋』プラン」で紹介している「熊本の教育の歴史」は興味深い。それによると江戸時代の藩校「時習館」では藩士師弟のほか、広く庶民も学んだ。医学校「再春館」には全国から人材が集まった。明治にはナンバースクールの旧制五高が置かれ、「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)」の学風は熊本を象徴する言葉にもなっている。五高出身者には池田勇人、佐藤栄作らがいる。レベルの高い教育とともに、寺子屋の数が多いなど庶民の教育も充実していたといい、「保守と進取の気性をあわせ持つ肥後人の気風をはぐくんだ」という。

 熊本県では、最近は伝統を生かした家庭教育の充実に取り組んでいる。平成19年に制定された「子ども輝き条例」は、県民が自ら手本となり子供たちに教え伝えていくことなどを明確にした注目される条例だ。

 また「くまもと家庭教育10か条」で家庭の役割や責任を啓発する活動もある。第1条(家族の信頼感)▽第2条(あいさつの習慣化)▽第3条(善悪の区別)…と続き、第10条は「わが家の1か条」として各家庭が話し合って決める。


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 東日本大震災の被災地や、原発事故で避難を命じられた地域からの転入生が、各地の学校で新生活を始めている。突然の転校をしてきた子どもを、どう受け入れたらよいのか。【木村葉子】

 ◇元気そうでも心配抱え 学校ぐるみで細やかな対応を
 「早く地震が止まってほしい」「放射線が心配」--。教室で車座になった14人の子どもたちが、「今感じていること」を次々に話していた。3人は被災地からの転入生。担任の女性教諭はそれぞれに「そうだね」「心配なんだね」と相づちを打つ。

 福島県西郷村立川谷小・中学校(児童・生徒63人)は、近くに避難施設があるため、小学生14人、中学生11人の計25人が転入した(4月20日現在)。4月下旬に訪れた時には、前日に降った雪が残っていた。

 子どもたちは、県教委と県臨床心理士会の進める学級ミーティングに取り組んでいた。同会副会長の成井香苗さんは、「支え合う力を引き出し、普段通りの学校生活を取り戻すことが狙い」という。

 6年生のミーティングでは、「これからどうしたい」という問いに、転入生は「家に帰れるまでこの学校で頑張る」と話した。ミーティングを終えた転入生の女児は「気持ちがすっと話せ、心が軽くなった」。男児は「言いたいことが言えて、楽しかった」とほほ笑んだ。在校生からは「自分の幸せを分けてあげたい」との意見が出た。

 転入してきた子どもは、みなと同じような笑顔で一見、屈託がなさそうにみえる。しかし成井さんは「授業中にぼーっとしたり集中できない子が見受けられる」と指摘。ミーティングに立ち会った小学校の橘成美校長も、「表面的には元気に明るくしているが、心配を抱えていることがわかった」と話した。

 ミーティング後、成井さんは個別カウンセリングが必要な子たちと面談し、「こまめに声掛けしてほしい」「次の転校先に申し送りをして」などのアドバイスを、校長や担任らに伝えた。

  ×  ×

 東京都足立区立の小中一貫校、新田学園(児童742人、生徒188人)には、福島県などから6人が転入した。始業式で石鍋浩校長は被災地からの転校生がいることを告げ、「心を一つにして勇気づけてあげよう」と呼び掛けた。

 都内西部の小学校では、福島県から1人が転入した。校長は全教職員に「特別視することなく、他の転入生と変わりなく接しよう」と伝え、全校児童に紹介する際は「被災地から」とはあえて言わなかった。校長は「かわいそうと捉えるのではなく、一緒に生きていこうと思ってほしい」と話す。

 各校の対応はさまざまだが、どの学校も、転入生がスムーズに溶け込むよう配慮を重ねている。しかし一部自治体には、被災地の転校生が嫌がらせを受けたとの報告もある。福島県から千葉県船橋市に避難した子が、地元の子から「放射能がうつる」と言われたとの情報を受け、市教委は3月、「思いやりをもって接し、言動に注意する」との通知を出している。

  ×  ×

 「すぐに楽しい話ができない人もいます。無理に体験を聞き出そうとしないでください」。そう訴えるのは、中学1年で阪神大震災に遭い、姉を亡くした植松秋(みのり)さん(29)=鳴門教育大予防教育科学教育研究センター勤務=だ。兵庫県芦屋市の自宅は全壊し、親戚宅で弟と一時期を過ごした。

 新しい中学に転校して2カ月半ほどの記憶は、あまりないという。級友が話しかけるテレビや芸能人の話題に「ついていけなかった。日常の話をされても興味がわかなかった。話しかけてくれた親切に応じられなかった」と振り返る。「生きていることすら申し訳ないと思っていた」ため、学校に通い笑顔でいることは、ぐったりするほど疲れる日々だったという。

 植松さんは現在、臨床心理士を目指している。自身の経験を元に、日本心理臨床学会・支援活動委員会の特別サイト「東北地方太平洋沖地震と心のケア」(http://heart311.web.fc2.com/)に「被災地からの転入生を迎える学校のみなさんへ」という一文を寄せている。

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 ■学級ミーティングの方法

 <1>アンケートの記入

 「眠ることができない」「いらいらする」など、心と体の健康について「ある」「非常にある」などチェックする。

 <2>リラクセーション

 肩の上げ下ろしをした後、2人1組で体に触れたり、「大変だったね」「気持ちがいいね」など声を掛けながら肩の上げ下ろしをする。おなかの空気をすべて吐き出し深呼吸。

 <3>「今どんなことをしたいか」「どんな工夫をしているか」「これからどうしたいか」と問いかけ、全員に話してもらう。まとめでは必ず事態は収まり日常がもどることを保証し、「話すと気持ちが楽になる」などと伝える。

 <4>アンケートを再び配り、感想を書いて回収する。

 <5>教師は心身の不調を訴えた子をリストアップし、個別に面談する。カウンセラーにも相談する。

 (福島県教委、同県臨床心理士会「東日本大震災に際しての学級ミーティング」より)

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