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 詩人の南川隆雄氏から新刊のエッセー集『他感作用』(花神社・2000円)を頂戴(ちょうだい)した。書名の「他感作用」は筆者には初めて目にする言葉で、大辞林で当たってみたが、そういう見出し語はなかった。

 しかし、この書名となったエッセーを読むと、素人にもそれとなく概念をつかむことができた。南川氏は東京都立大で長らく植物生化学の教鞭(きょうべん)を執り、定年退官後、ある私立大に移ったが、そちらも定年となり、今は詩やエッセーを書いて悠々と過ごしていらっしゃる。

 他感作用は、氏の学問では普通の、ごく身近な専門用語だった。

 氏はアロエ酒の味を覚え、鉢で育てていたものを、春先古株を抜いて、その根元についていた子株を3つ選び、大きめの鉢に程よく間を置いて植えた。

 3つとも順調に成長していると思っていたところ、1つ目は成長著しく、2つ目は成長は続けているが、その度合いが1つ目に比べて緩やか。そして、3つ目は緑の芽を出した後、成長が止まって力なく折れ曲がってしまった。

 この現象が他感作用によってもたらされたと氏は説くのである。「他感作用というのは、植物が土のなかの根から特有の物質を分泌して周りの他の植物になんらかの影響を及ぼすこと」だという。特有物質とはポリフェノール類、テルペノイド、アルカロイド、そして果実の成熟にかかわるエチレンなどだ。

 これによって異種を駆逐し、同種間でも繁茂しすぎて栄養や太陽光の不足を招かぬように、他感作用を働かすのである。元気な株がもしものときに代理できる2番目をそこそこに成長させ、最もひ弱な株は淘汰(とうた)してしまう。

 地上を動き回れぬ植物でも、目に見えない厳しい生存競争にさらされている。それが種の保存という本然の働きとはいえ、弱肉強食の原理は酷(むご)たらしいものだ。しかし、南川氏はこういう。「秋になれば、鉢の中の株がどのような成長を遂げようとお構いなく、葉はすべて切り取られて焼酎漬けになる運命にある」と。そう、最も酷いのは、やはり生存競争という自然の摂理を一瞬のうちに壊し得る人間という生き物なのである。

 そこで筆者はこう考えた。生物としてのヒトも生存競争の原理から免れ得ないが、だからこそ本能を抑制する謙虚さが必要だ、と。無制限な自由競争は時として生体自体、仕組み自体を損なってしまうのだ。投機資金の暴走が何をもたらしたか、世界はえりすぐりの英知を集めてよくよく考えてみるべきだ。

 いやいや、そんな大きな話でなくともいい。例えば、ラッシュ時に改札機を通過しようと、他人を押しのけ、我先に前へ出たがる者が増えた。それが植物の他感作用に似た本能の致すところなのだとしたら、あまりに情けない。

 数学者・岡潔は祖父から「自分を後にして他を先にせよ」との戒律を与えられたという。人間に本能を制御する能力があるなら、人間にとっての他感作用は、他を感じて(おもんぱかって)他に先を譲る、そのように作用するものでありたい。「我先」ならぬ「我後(われあと)」だ。道徳復興の要は実にこの心にある。


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